ヨンド橋の下で学んだ日々——釜山の避難生活と“青空教室”【朝鮮戦争の記憶⑶】

ゆるっと朝鮮戦争体験記
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ヨンド橋の下で学んだ日々——釜山の避難生活と“青空教室”【朝鮮戦争の記憶⑶】
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「ゆるっと朝鮮戦争体験記【旧:81歳女の無駄話】」

すみません!!編集まで終わってたのに投稿をすっかり忘れていました!!以後気をつけます!!

81歳の母が、自身の朝鮮戦争体験の続きとして、釜山での避難生活を語ります。人であふれた街、時間になると半分せり上がる影島大橋(ヨンド橋)、スリに気をつけ合う緊張、校庭に張られたテントでの“青空教室”と70人超の学級。やさしい担任の先生、学芸会での歌と演劇、日本語は話せないけれど絵のうまい日本人の女の子との出会い——そして、山の上の家から通学した日々、父の不在と母の行商、そろばんで学級委員になったこと、学校で仲良くなった女子グループとの楽しい日々と別れ、生活苦と栄養不足、通学バスの横転事故と高校退学と仁川へ引っ越すまで。
釜山に避難してから「仁川上陸作戦(1950年9月15日)」までの話をしてもらおうと思ったら、母の会話がヒートアップ!?…

※今後は“母の歩み=個人史”により焦点を当てていく番組方針もお伝えしています。

※当時の戦争・貧困・事故に関する表現が含まれます。
ハッシュタグ:#朝鮮戦争 #釜山 #避難生活 #影島大橋 #青空教室 #個人史 #仁川上陸作戦


感想や質問、母に聞いてみたいことがあればコメントでどうぞ。次回は母の釜山での生活の実感に迫ります。戦争後の学校生活についても触れています。

「ゆるっと朝鮮戦争体験記【旧:81歳女の無駄話】」毎週土曜日朝8時配信!!

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